本の話4月号に掲載された重松清さんのインタビューです。
まずはご執筆時のお話から伺いたいのですが、新聞連載ということで意識されたことはありますか?
重松 今回初めて、毎週土曜日に四百字詰原稿用紙で十五枚というページをもらったんで、一話読みきりで書きたいということでスタートしました。新聞って、小学生からおじいちゃん、おばあちゃんまで読むし、もともと小説を読むために手に取るものではないから、毎週読まなくても楽しめて、主人公が自分の年齢に近い話だけ読んでも面白いものにしたかったんです。ちょうど「小学五年生」というシリーズで、近い枚数の掌編小説を書いてきて、十五枚あれば物語はつくれると感じていたし、もう少し挑んでみたい長さでもありました。
この『季節風』シリーズは春夏秋冬揃うと、四十八人の性別も年代も社会的な立場も違う主人公たちが登場するわけですが、それぞれの心の風景を描きわけていく大変さはありましたか。
重松 大変はなんでも大変だと思うんです。一つの世界をずっと追いかけていくのもすごく大変なことだと思うし、一人のヒーローの内面の成長や変化を描き続けるのも大変だと思います。今回、僕の場合はいろいろな人を書きたかったんです。実際、世間にはいろんな人がいますしね。
その多様な登場人物の物語につい自分の記憶を重ねてしまう魅力を感じます。重松さんにとっては、ご自身の個人的な記憶は、小説にどう影響していますか。
重松 自分が覚えているものというか 英単語を暗記したりするのではない記憶力が、もしかしたら人よりほんのちょっとあるのかもしれないなと思うことはあります。だから、平成の小学生や女子高生を主人公にしても、根っこにあるのは自分なんですよね。もしかしたら大間違いかもしれないんだけども。それは言い換えれば、いろんなことを他人事じゃないなって思ってしまうところが自分にあるということかもしれないですね。
たとえば、巻頭の「めぐりびな」のヒロインは、小さな子どもをもった奥さんで、もちろん自分から遠い存在なんですけど、僕にも、もう使わないけれど捨てられないものを前にして悩む、という自分の体験がある。すると、お母さんが苦労して買ってくれたお雛さまを大人になって捨てなきゃいけないとしたら、つらいだろうなあ 人ごとじゃねえな、これなあ、という共感みたいなものがたぶん僕の根っこにあるんだと思う。だから、自分もこんなことがあったと読者のかたに思い出していただけるのは、とても嬉しいです。僕の小説は、呼び水みたいなものかもしれないですね。本当の小説というのは呼び水どころじゃなくて、思い出を振り返るどころじゃなくて、ガーンと圧倒させて、絶句させなきゃいけないものなのかもしれないけど、僕の小説はむしろ読むひとを饒舌にさせてしまう。でも、こういうのもあっていいのが、小説というジャンルの幅広さだなと思っていますから。
「よもぎ苦いか、しょっぱいか」は、視覚以上に嗅覚をとても刺激するタイプの小説ですね。
重松 おそらく嗅覚を描写する、匂いが登場する小説って、プルーストにおける“マドレーヌ”のように、映像化できないものだから、おもしろいんですよね。ただこの小説は、単純に自宅の庭の草むしりをしたら、すげえくせえなあと思ったのがきっかけなんですけど(笑)。この連載は台風がくれば、台風の話を書く、そういう書き方をしてきてて、そういうのも新聞らしくていいかな、と。
この「よもぎ苦いか、しょっぱいか」と「めぐりびな」は両方とも子ども時代の母親との関わりを描いた短編ですが、娘と息子で母に対する思慕のありように違いがあって、鮮やかでした。
重松 いま思慕と言ってもらったけど、この連作、四十八点の隠しテーマは「想い」なんですよ。ふるさとへの想いとか、死んだ子供への想いとか、息子への想いとか、奥さんへの想いとか、仕事と家庭への想いとか、いろんな人がいろんな想いをもって生きている。それは、時として空回りすることもあるし、滑稽なこともあるんだけども、想いがなかったら、人は生きていけないだろうと思う。だから、いろんな人がいろんな人に対して、いろんな想いをもっているんだよというのが、いちばん底にこめられているんです。そこを信じてないと、僕は小説を書けないような気がするんですね。
だからもしかしたら、行動と想いでいえば、僕は「想い」を書きたいんだろうなという感じがあります。だから、「よもぎ苦いか、しょっぱいか」でも、案外主人公は回想場面で行動してはいても、現実の時間では庭いじりをして、よもぎを摘みにいって帰ってきて、ダンゴを作って食べた、というだけなんだよね。ただ、そこにある思いを書くだけでも小説になってくれればいい、と願ってはいます。
表題作は働くママへの温かい視線を感じる物語でした。
重松 これも物語の土台にあるのは、自分の経験ですね。カミさんが仕事をやってて、だから僕もいっぱいフォローはしたけれども、それは大変だったと思うから。
重松さんは、夫婦の水平な関係を物語にした最初の作家かもしれませんね。
重松 最初ではないと思いますが、確かにいかにも男女雇用機会均等法世代作家なのかもしれませんね(笑)。カミさんと同級生だし、彼女は仕事をやってたし、パラレルにならざるを得ない私生活がありました。それは別に僕が特殊な例じゃなくて、たぶん多くの人、僕から下の世代に関しては共通の感覚だと思います。その前の世代になると、まだ、ダンナが四大卒で奥さんが短大卒みたいに、学歴に微妙な差をつけたりする風潮がありましたよね。
そうですね、重松さんや奥田英朗さんが、家庭を書かれるときの夫婦は、同級生目線という感じがあります。
重松 おそらく一九六〇年前後というか、このあたりに大きな変化があったように思います。僕は昭和三十八年生まれなんですが、今まで生きてきた四十四年とか四十五年の間に何があって、社会や僕たち日本人がどんなふうに変わったのかということにすごく興味があるんです。僕たちはどこからきてどこにいくんだろうと。それこそ少年時代にウルトラマンとか仮面ライダーみたいな正義の味方の物語があんなになかったら、育ち方も変わっていたかもしれないですし。
その面では僕の小説について「時代とか社会のスケッチではあっても、文学ではない」という批判はあるかもしれない。ただね、ときどき小さな物語を積み重ねていってできあがる大きな世界が、もしかしたらあるのかもしれなくて、それを見たくて書いている、というところがあるんです。
でも、実際に書いているときは、自分では全体像がわからないんですよ。「季節風」だったら、毎週締め切りが次々やってくるわけで、一話一話の小さな物語を書いているときは夢中で、単行本にするときに一回通して見て全体を俯瞰しながら改稿しているわけだけど、それもまだ直しているときは夢中なんです。
全四巻が完結したときに、四十八話収録するということは、四十八人の主人公がいるわけです。さらに登場人物は一話につき一人じゃないから、最終的には二百人とか、三百人ぐらいの人たちが出てくるかもしれなくて、その彼らを全部出し切ったあとに何が見えるのかなということは考えますね。
四巻揃うとバルザックの『人間喜劇』みたいになるかもしれないですよ。
重松 意識していると言ったらおこがましいけれど、『人間喜劇』はすごく好きな作品だし、あとはゲイ・タリーズの『名もなき人々の街』とか、あるいは最近の例だとボブ・グリーンみたいな、そういう市井の人たちの小さな物語がたくさん集まって作られる世界はあって、それを『季節風』では四十三歳、四十四歳、四十五歳の僕が書く。昭和三十八年に生まれた人間の価値観で、中年の意識で書いてるわけです。もしかしたらその四十八人の主人公を十年前の僕が書いたら、あるいは十年後の僕が書いたら、全然別の話になっているかもしれないわけじゃないですか。
十年後でもまだ五十五歳。まだまだ変わられますね。
重松 以前書いた『その日のまえに』の死生観だって、十年後には変わっていると思います。雑誌のライターでずっとやってきたせいもあるかもしれないけど、僕の中には十年後のことなんかわかりはしないという思いがあって、わからないから四十四歳の気持ちは四十四歳のうちに書いとかなくちゃ、みたいな感じがあるんです。
この『季節風』は、ほんとに短い、長くても四十枚程度の小説が四十八本も集まったよ、という本だから、その面ではいちばん僕らしいエッセンスが出るんじゃないかなと思っています。四十八篇が仕上がったときに見えてくる風景を、いちばん楽しみにしてるのは僕なんですよ。どんなふうになるんだろう、やっと春はすんだし、夏がきて、秋がきて、冬が終わって、じゃ一年通してみたら、そのときに、うわあ、いろんなやつがいるんだなあってね。
最後に、春という季節は重松さんにとって、どういう季節ですか。
重松 やはり僕にとっては、十八歳の春、上京。ふるさとと別れる、親と別れるというのが、ずっとベースにあります。うちの娘なんか、東京で生まれ育っていて、この子にとっての春は、ただ学年が変わるということにすぎなくて、世界が変わるって感じがしないかもしれないと思うことがあります。僕には十八歳の一九八一年の春に、ここから人生が始まるみたいな思いがあった。だから僕にとっての春は、別れと旅立ちですね。
その思いは十二篇のいたるところに感じられます。こうなると重松さんの夏は何だろうって、とても気になりますが。
重松 夏は“ドキドキ”ですね。僕にとっての青い性。やっぱり夏は、汗とかエロティックな水の感触とか、どこか肉感的なものがあるじゃないですか。だから次に出る『季節風・夏』のイメージは“ドキドキ”です。
(聞き手/「本の話」編集部 『本の話』4月号より )目次はこちら